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最も


美しくない死に方は、
首吊りだと聞いた。
窒息するまでの間、
体のあらゆる液体が、
対外に排出されるのだと。
涙やら、唾液やら、
鼻水やら、尿やら、
そういったものが。

先日、
同級生の弟が亡くなられた。
自殺だったという。
自宅の駐車場で見付かったと聞く。
一体、どういう方法をもって、
この世を旅立ったのかは、
分からないけれど。

そんな方法しかなかったんだろうか。
この世にさよならを言う、
それ以外の方法は見付からなかったのか。

遺書は見付かっていない。
原因は全く分からないという。

死というものが、おそらく、
あまりにも甘美で、魅惑的で、
世界で最も、魅力のあるもの、
だったんだろうな、と思う。

だけどこれから、
家族はどうしようもない悲嘆に暮れ、
いつもと同じ毎日を、
彼が居ないという決定的な違いを抱えて、
生きていかなければならない。

それは、想像し難い苦痛、だと思う。
いずれ、来る死は誰もを別つ。
それが寿命であれ、
事故であれ、
定められた時に、
自分の力の及ばない範囲において、
それはやってくる。

だから、自ら命を絶つ、ということは、
出来る限り、したくないと思う。

冥福を祈ります。
苦しんだ貴方へ。
解き放たれたでしょうか。
全てから。

夜鳥が言っていた。
死ぬ時は自分の心臓を握り潰して死にたい、と。
最後くらい、「死ぬほどの痛み」を味わってから、
そう、死んでゆくのだと。

あたしは知らなくていい。
眠るように死んでいきたい。

ある漫画で言っていた。
最も美しい死に方は、雪山で遭難することだと。
雪に包まれた体はその状態を保ち、
春になり溶けた雪とともに、
山のせせらぎに乗せられて下界へと帰って来る。

何がいいのか、悪いのか、
それは実際よくわからない。

ただ、
死にたいと願う人が居る。
死んだ者のために心を病む人がいる。
死にたくない人が居る。

それはいつだって変わらないんだろうね。

結局私達は、
死によって様々なものを失ってゆく。
人間関係も然り。
強制終了、させられるんだ。
いつかは。
だから、どうせ来るその時があるなら、
今自分のこの手で、
無闇やたらと「別れ」を作る
そんな必要はないんじゃないかな、と
思うわけだ。


苦しい。
苦しい。
雨のせいかな。
どんどん、
どんどん、
のまれていく。
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人前



に出て、
あんなにも
屈辱的で
恥かしいと
そう思ったのは
初めてだったかもしれない。

悔しいとか
苦しいとか
そんなのは
一切なくて
とにかく
恥かしかった。

思い上がりだ。
何もかも。

誇りに思っていた
そんなことだって
あまりにも
ちっぽけで

自分には何一つ
残っているものなど
ないと気付かされて

乾いた笑いだけが
溢れてきて、
涙じゃ心は潤わなかった。

ただそれだけのこと。

大事



なーんにもしない、七夕が終わった。
4年目にして、初めての七夕だったな。

今まで、何がって訳でも無く忙しくて、
いつもばたばたして、
でもすごく楽しくて、とにかく嬉しかった。

初めての七夕は、先輩と一緒に演奏出来るのが嬉しくて。
2回目の七夕は、彼氏が見に来てくれたりして。
3回目の七夕は、自分が部長になってて。

充実してた。

それが、ぽっかり。
何もなくなっちゃって。
不思議なくらい、落ち着いてた。

日取りさえ知らなかった今年の七夕。

あたしの仲間達は、
やっぱりすごいパフォーマーだった。
何だか懐かしくて、
置いていかれたみたいに淋しくなる。

新しい環境に身を置いたのは、
自分で望んだことのはずだったのに。

どうしようもなく切ないのは、
いったいどうしたらいいんだろう。

あの頃に戻ることは出来なくても、
思い出すことくらいは許されるんだろうか。

もう二度と、欲しいなどとは言わないから。

ただ無邪気に一緒に居た。
手を繋いで、笑っていた。

欲しいなんて言わない。
傍に居てとも言わないから。
だからせめて、
思い出すことくらいは。

*Easy Lazy Crazy*

安易で物憂げ
それでいて狂気的な素晴らしき日々。

穏やかでのんびりと
ただ夢中でいられる素晴らしき日々。

黒猫が綴る
平和平穏非凡非真面目な毎日のコト。


そんなBLOGへようこそ。
どうぞ素敵な時間をv


テンプレ変えてみました。
popな感じが可愛いよね。

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